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岐阜地方裁判所 昭和35年(ワ)21号 判決 1962年2月06日

原告 森本光雄

被告 立川文一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金五八九、五九〇円及び之に対する昭和三三年五月一二日から支払済まで年六分の金銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「原告は昭和三三年四月二二日被告に対し内地産原羊毛八、五一〇封度を代金一、八八九、五九〇円で売渡したところ、被告はその後内金一三〇万円を支払つたのみでその余を支払わないので、原告は被告に対し昭和三三年五月一一日到達の書面で残金五八九、五九〇円を直ちに支払われ度い旨催告したが被告は之に応じない。

原告が被告に売渡した右羊毛は、之を他に転売して利益を得る積りで訴外渡辺新一郎から買受けていたものであるが、被告との右売買契約においては、同訴外人が原告の代理人として之を締結したのである。

従つて被告との間の本件売買契約は原告の為には商行為であるから、茲に被告に対しその残代金五八九、五九〇円と之に対する被告が請求を受けた日の翌日である昭和三三年五月一二日から支払済迄商法所定の年六分の遅延損害金の支払を求める為本訴に及んだ。」

と陳述した。<証拠省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の事実は、被告が金一三〇万円を原告に支払つたことを除きすべて否認する。

原告の主張する羊毛の売買は、被告が代表者である訴外内外羊毛株式会社が買主となり、訴外渡辺新一郎の代表する売主訴外株式会社山梨羊毛との間に為されたものであつて、その代金の内金一五万円を被告が原告に支払つた事実があるが、之は、渡辺が原告に負債があつたところから、同人の指示に従いその支払の為内外羊毛株式会社の代表者たる被告から直接原告に之を支払い、内金一五万円は同会社の株式会社山梨羊毛に対する同額の債権と相殺したものであつて、被告が本件羊毛を原告から買受けた事実はない。」

と述べた。<証拠省略>

理由

原告は訴外渡辺新一郎を代理人としてその主張する羊毛を被告に売渡したと主張し、被告は之を争うので先ずこの点につき判断する。

証人瀬口元子の証言により真正に成立したものと認める乙第三号証の記載、同証言、原告本人の供述の一部、被告本人の供述を綜合すると、昭和三三年四月初旬原告は羊毛の加工、販売等に従事していた渡辺新一郎から本件羊毛八、五一〇封度を、他に転売して利益を得る積りで貫当り一、八〇〇円で買受けたが、原告は電気器具の販売を営み羊毛の売買には携わつていないので、之を他に売却するにつきその代理権を渡辺に授与し、よつて渡辺は同年四月二二日原告の代理人として訴外内外羊毛株式会社を代表する被告と右羊毛の売買契約を締結したことが認められるのであつて、原告本人の供述中右認定に反する部分は採用しない。

ところで代理人の為した法律行為が本人に対してその効力を生ずる為には、代理人が本人の為にすることを示し、又は相手方が本人の為にすることを知りもしくは知ることを得べかりしことを要する(民法第九九条第一項、第一〇〇条但書)のであるが、渡辺が右売買契約の締結に当り、原告の代理人であることを被告に表示し、又は之を被告が知りもしくは知り得べき事情があつたかどうかについては、証人小宅芳明の証言や原告本人の供述によつてはたやすく之を肯定し得ないし、又成立に争ない甲第一号証の記載も、乙第三号証の記載や被告本人の供述に照して考えると、売買契約当時原告がその本人であることを被告が知つていたことの証拠とするには十分でない。しかし乍ら前認定のように、原告は利益を得て譲渡す意思を以て有償取得(いわゆる投機購買)したものの譲渡行為(いわゆる換金売却)として本件羊毛を売却したのであり、之は原告の為には絶対的商行為(商法第五〇一条第一号)となる行為であるから、渡辺が商行為の代理人として被告と為した本件売買契約は商法第五〇四条本文の規定により本人たる原告に対してその効力を生ずるかどうかが問題となる。

そこでこの点について考察するに、右規定は、企業主体の経営活動がその組織の下にある補助者の行為により大量且つ継続的に展開される場合、之に含まれる個々の行為につき一々その主体の名を表示することが煩雑で取引の敏活を害する虞れあり、又相手方も行為の主体を認識するに困難がなくその必要のないのを通常とする等の事情を考慮して民法の規定(同法第一〇〇条)を修正したものと解されるのであるが、商法第五〇一条第一号の絶対的商行為は、その主体のいかんに拘らず営利的意思の存在のみにより個別的にその行為が商行為となるのであるから、かような行為が代理人により為される場合、それが企業組織の下においてその経営活動の一部として為されるものでないならば、形式的に商行為であることだけで商法第五〇四条本文の規定の適用を認めることはその趣旨に反することとなるであろう。

そこで本件について考えて見るに、渡辺新一郎が原告の代理人として本件羊毛を売却したのは成程商行為(商法第五〇一条第一号)ではあるが、之は電気器具商を営む原告の営業とは無関係、個別的に為された営利行為にすぎず、代理関係の存在を認め得べき事情又は外観が存在したことを認めるに足る証拠のないこと前説示のとおりであるから商法第五〇四条本文の規定の趣旨に鑑み、本件はその適用を受くべき場合ではなく、従つて渡辺が原告の代理人として為した本件羊毛の売買契約は本人たる原告に対してその効力を生じないものといわなければならない。

して見れば原告は本件羊毛の売買契約に基く代金債権を取得していないのであるから、右債権を有することを前提とする原告の請求は、その余の主張につき判断する迄もなく理由がないこと明かである。よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小西高秀)

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